古典における歴史と批評 (三木 清)

一般に歴史と批評とは一致しないもののように見える。すでに外的な事実としても、文学史家と文学批評家とは別であるのが普通である。批評家は歴史家でなく、歴史家は批評家でない、二つの才能は種類を異にするもののようである。しかるにいま特に古典というものを中心にして考えるならば、歴史と批評とは本来一致すべきものと思われる。なぜなら古典は文学史家の重要な対象であるが、古典とは単に古いものをいうのでなく、芸術的に価値の高いものをいうのであり、作品の芸術的価値の高さの判定は批評機能の活動に俟たねばならないからである。しかしこの場合においても歴史家とは依然として別であるように見える。或る作品の価値を認めこれを古典の地位に上せるのは批評家であり、歴史家はかくして見出された作品について彼自身に属する研究を行うのである。尤も、古典を決定することは批評家の仕事でないともいわれるであろう。古典の決定にとっては却って伝統が、それ故に歴史そのものが重要な役割を演ずるのであり、かような伝統的な評価を基礎にして研究するのは歴史家であり、従って批評家の批評の対象は古典でなく現代の作品であるのがつねであるということが生じている。しかし飜って考えるならば、古典を決定するものが歴史であるということは歴史そのものが本質的に批評的であるということを意味し、かような歴史と一致すべきものとして歴史家は同時に批評家でなければならぬということができるであろう。伝統的な評価に頼って居る限り、文学史には根本的な進歩があり得ない。殊に我が国の文学史についていうと、歴史家に批評が乏しく、国文学者の伝統的な、非近代的な審美眼が歴史的研究の進歩を阻害しているように感じられるのである。文学史及び文学論における古典主義は伝統主義に陥り易い。この弊を避けるためには歴史と批評とが根本的に結び附かねばならぬであろう。かくて歴史と批評とは如何にして統一されるかが問題であり、この問題は特に古典といわれるものにおいて重要な意味をもっている。最近の「日本的なもの」に関する論議もこの点についての認識を必要としている。

ところで批評という語は種々の意味に用いられ、批評にも種々のものが考えられる。まず文献学においていわれる批評がある。文献学的批評はもとより歴史と対立するものでなく、却って歴史の基礎をなすものである。それ故にもし批評が文献学的批評の意味であるならば、如何なる歴史家もこれを回避することができぬ。他方また歴史が文献学に存する限り、如何なる批評家もそれを無視することができぬ。かようにして純粋に文献学的な平面においては歴史と批評とは対立するものでない。文献学は歴史にとっても批評にとっても基礎であるからである。歴史と対立的に見られる批評は文献学的批評のことでなく、文献学的批評は批評というよりも、むしろ歴史といわれ得るものである。問題は文献学的平面以上のところにある。そして問題はこの場合二つの段階において考えられることができる。第一に、文献学的方法が唯一の、或いはそれのみで十分な歴史の方法と看做される場合、歴史と批評との対立が問題になって来る。しかし第二に、文献学といわれるものは単に批評のみでなく、一層高次の段階として解釈の領域をも含むものであり、そこで歴史が単に文献学に止まることを欲しない者は解釈学を特に歴史の方法として発達させて来たのであるが、かような解釈学が批評(いうまでもなく文献学的批評の意味ではない)を追い払おうとする場合、また歴史と批評との対立が生じて来るのである。第二の場合は後に廻して、まず第一の場合について考えてみよう。

広い意味では文献学的方法のうちに解釈学的方法も含まれるわけであるけれども、ここで我々は今日普通に解釈学が或る特別のものと考えられるのに従って、文献学的方法という語を解釈学的方法とは区別された狭い意味に用いることにしよう。このとき文献学的方法の中心をなすものは文献学的批評であるが、我々はまた今このものをできるだけ広い意味に理解して、例えばランソンが文学史における科学的方法として述べたものとほぼ同じ内容のものと考えよう。いうまでもなく、科学的方法の主張者は、それが歴史的方法そのものであると見るのである。かような文献学的方法或いはランソン学派のいう歴史的方法が文学史の研究にとって基礎であることは否定し得ないであろう。しかし同時にそれが限界を有することも争われ難いように思われる。この限界は古典というものを対象にして考えるとき殊に明瞭になって来る。古典とは普通に理解される如く文学上の傑作のことである。しかるにランソン流の歴史的方法は傑作と同じく凡作に適用されるのみでなく、むしろ凡作に対して一層有効に適用され得るものである。ランソンもその方法論の中で、文学史の研究においては傑作と同様にもろもろの凡作に注意を払わねばならぬということを強調している。これは確かに一面の真理を含んでいることである、けれども良い作品と悪い作品とを一緒にして文学と呼ぶのは言葉の濫用であると考えることもできるであろう。美しくない作品もその時代の事件、風俗、思想の記録として歴史にとって重要な意味をもっている、しかしその研究がただちに文学の研究であるとはいい難いであろう。文学史は作品における本来の文学的なもの即ち文学的美に関心しなければならぬ。従ってその研究の中心に傑作が、古典が立つのは当然である。しかるに文献学的方法はそれ自身で傑作と凡作とを区別することができない。文献学的方法によって古典を研究するということは、すでにあらかじめ他の仕方で、古典と認められているものについて研究を行うということであって、自己が初めて古典を定めるのではない。或るひとつの作品を傑作として判定することは批評に、作品の芸術的価値の評価の意味における批評に俟たねばならぬ。文学史の主要な対象が傑作であり、それの含む美である限り、批評は歴史から分離し得ぬ要素であるのみでなく、文学史は文学批評であるということにさえなるであろう。そこにはレッシングが芸術批評家は芸術審判者であるといった意味における批評が必要である。しかるに文献学的歴史に伴い易い欠点はかような批評機能の喪失である。それは衒学的な博識にひとを誘惑し易く、そしてこのものは歴史的相対主義にひとを堕落せしめ易い。文献学者は凡庸な作品に対して古典的な傑作に対すると同様の、或いはむしろそれ以上の関心をもって接するのである。文献学的歴史的方法の陥りがちな相対主義こそ歴史における批評の必要を示している。

すでにいった如く批評にも種々のものがあり、文献学的批評はその一つであったが、ここでは更に今日特に重要視されている社会的批評というものについて考えてみよう。文献学的批評が科学性を誇るように、社会的批評も科学性を主張する。その実証的精神において両者には共通のものがある。ところで文献学的批評が作品の美的価値の評価の意味における批評でなく却ってこれに対しては歴史であるように、社会的批評といわれるものも批評であるよりもむしろ歴史であると見ることができるであろう。もとよりその根柢となっている歴史観は二つの場合において同じでない。けれどもそれらは共に飽くまで客観的歴史的な研究であろうと欲している。しかるに作品の美的価値の評価の意味における批評は純粋に客観的な過程であり得ず、却って主観的な過程であることを特色としている。カントのように美を単に主観的なものと見ることは間違っているにしても、何等かの意味において主観的なものを考えることなしに美を考えることは不可能であろう。社会的批評もまた傑作に対してよりも、むしろ凡作に対して一層有効に適用され得るものである。社会的批評によって、初めて作品の古典的な価値が定められるというのでなく、それが古典に向けられる場合、何が古典であるかはすでにあらかじめ他の仕方で定められているのである。社会的批評の目的とする作品の社会的価値或いは階級的意義の見地から見ると、芸術的には凡庸な作品も傑作に勝るとも劣らぬ価値を有するということは考えられることである。そして他方、ギリシア芸術が奴隷を基礎とする社会の芸術であるにしても、その古典性は争われ得ず、また我が王朝文学が貴族の文学であるにしても、その古典的価値は否定され得ないであろう。社会的批評はすでにあらかじめ古典と認められているものについて古典の社会的制約を明かにし得るのみである。それは作品の芸術的価値の評価の意味における批評ではない。尤も社会的批評の立場をとる者の中には、作品の芸術的価値とはそれの社会的等価にほかならないと主張する者もある。かような見方に或る真理が含まれていることは認められねばならぬが、しかしその場合には社会そのものが単に客体的なものとしてでなく、却って主体的なものとして理解されるのでなければならず、従って社会的批評も批評としては或る主観的なものの意味を含むのでなければならぬ。

社会的批評もしくは社会史的方法は文献学的方法よりも高次のものと見られることができる。それはすでに文献学的批評の終った作品の上に活動するものである。従ってそれは歴史的批評としては文献学的批評よりも一層批評的である。社会的批評は古典として何か永遠のものと見られているものについてその歴史性を、その社会的制約を明かにすることにおいて批評的である。すべて批評は批評としてつねに或る破壊的意味を含んでいる。文献学的批評でさえすでにそうであるということができるであろう。ゲーテがニーブール風の文献学的歴史的批評に対して一種の嫌悪を感じたのもそのためであった。社会的批評は永遠の古典と見られるような作品に対してさえその歴史性を暴露することによって批評的であることができる。文献学的批評や社会的批評は前に述べた如く批評というよりもむしろ歴史といわるべきものでありながら、それらが批評と考えられる一つの理由も、そこに破壊的意味が含まれるところから理解されるであろう。批評の本性のうちにはつねに破壊的意味が存する限り、それらは確かに批評である。しかるに古典というものはそのような客観的批評を越える或るものをもっており、それ故にこそ古典であるのである。かような古典の古典性を成立せしめるものは何であろうか。ひとはそこに逸速く何か永遠というものを考えるであろう。しかしながら抽象的に永遠を考えることは多くの意味を有しない。我々はまず反対に、批評が古典に対して破壊的意味を有するとすれば、古典を古典として成立せしめるものはむしろ歴史であるといおうと思う。批評が破壊を意味するとすれば、歴史はこの場合保存を意味する。かようなものとして歴史は伝統である。伝統なしには古典は考えられないのである。

次に社会的批評が文献学的批評よりも一層批評的であると考えられる理由は、後者が過去から過去を見る立場に立っているに反して、前者が現在から過去を見る立場に立っているところにある。文献学的批評は過去の作品を純粋にその過去の時代において捉える。しかるに社会的批評はそうでなく、それが本来関心しているのはプロレタリア階級というが如き現在の問題であり、過去の作品に対する批評も根本においてこの階級的見地に関係して行われるのである。社会的批評が歴史でなくて批評であるのはそのためである。これに比して文献学的批評は一層純粋に歴史的であるともいい得るであろう。かくて知られる如く、批評は現在からの批評として本質的に批評的である。歴史家の興味がつねに過去の時代の作品に向うに反して、批評家の主なる関心の対象が現代の作品であるということもこれに関連している。古典が歴史に、現代の作品が批評に、それぞれ分割的に従属するかの如き状態が生じて来る理由もそこにある。社会的批評は現在の立場に立っている故に、根本においては決して単に客観的なものでなく、却って主観的なところがある。社会といっても主体的なものとして捉えられているのでなければならぬ。純粋に客観的であるのはむしろ文献学的批評である。社会的批評は主体的な立場に立つものとして実践的意味を含んでいる。一般に批評が批評であるのは、それが実践の、即ち文学そのものの範囲についていうと、それが現在における作品生産の立場に立つというところに考えられなければならぬ。

右に述べた限りにおいて明かになったことは、歴史と批評との対立は、前者が客観的であるに反して後者は主観的であるということ、前者が過去的であるに反して後者は現在的であるということ、前者が観想的であるに反して後者は実践的であるということに存するという点である。歴史と批評との統一の問題もこのような点から考えてゆくことが必要である。

ここで一応吟味すべきことは、我々が社会的批評は批評として主観的であるとか現在的であるとかいった意味である。社会的批評は、普通に理解されるところに従うと、却って反対に飽くまでも客観的でありまた歴史的である。それは確かにそのとおりである。しかしただそのとおりである限りにおいては、社会史的方法にはどこまでも制限があるのである。すでに述べた如く社会的批評はかようなものとして作品の芸術的価値の評価に対して不十分である。それのみでなく文献学的方法や社会史的方法における客観主義は、いわば作品の周囲を彷徨するのみであって、作品の中心を把捉することができない。それは作品の成立のもろもろの外的原因を説明することができるにしても、最も内的な原因は解明することができない。作品が作られる最も内的な原因というのは作家の天才である。真の文学史はかような天才、その創作活動の過程を能う限り明かにすることに努力しなければならぬ。天才というものは分析的に捉えられず、直観的に全体的に捉えられるのほかない。直観によって美的な作品を一全体として特徴附ける内面的な調和が理解されねばならぬ。作品は作家の個性から発する一個の独自的な全体である。天才は作品を成立せしめる諸原因の一つというようなものでなく、他の諸原因とは全く秩序を異にするものである。他の諸原因が客観的なものであるに対して天才は客観的に捉えることのできぬ主観的なものである。客観的方法は天才の創造作用の中心に触れることができない。文献学的方法の如きが傑作に対してよりも凡作に対して一層適切に用いられるという理由はそこにある。ところで作家の天才が作品を一つの全体として内面的に作ってゆくものである限り、客観的歴史的批評は作品に対してはどこまでも超越的批評と見られねばならぬであろう。社会的批評はかようなものとして、超越的批評であると考えられるのがつねである。しかしながらもし単にそのように考えるならば、文献学的批評も同じ意味において超越的批評であるといわれ得るであろう。しかるにいま文献学的批評は批評でなくて歴史であり、社会的批評はこれに反して批評であると見ることに理由があるとすれば、社会的批評の超越性は何かそれ以上の意味を有するのでなければならぬ。即ち社会的批評は主観的なものを客観的な立場から批評するという意味において超越的批評であるというよりもむしろ逆に、それは客観的に自己自身における一全体として与えられたものを主観的なもしくは実践的な立場から批評するという意味において超越的批評であるのである。或いはそれは過去の作品を現在の立場から批評するという意味において超越的批評であるのである。社会的批評の有するかような意味は先に述べておいたところから明かであろう。その場合、過去と現在とは単に連続的に考えられてはならず、却って非連続的に考えられねばならぬ。批評の超越性は根本においてそこに成立するのである。批評はこの意味において本来超越的でなければならない。社会的批評が批評として不十分であるという点は、主観的なものを客観的な立場から批評するところにあるというよりもむしろ客観的なもののうちに含まれている主観的なもの──蓋し文学作品も、あらゆる歴史的なものがつねにそうであるように、主観的にして客観的なもの、客観的にして主観的なものである──を把捉し得ないところにある。言い換えるならば、単に超越的批評であって同時に内在的批評でないということが社会的批評の有し得る欠陥である。

丁度その点において解釈学的方法はすぐれたものをもっている。それは文献学的方法もしくは社会史的方法とは反対に作品を一つの全体として、しかも内面的に理解しようと欲する。それは作家の天才或いは創作活動、すべて主観的なものを重視する。解釈学は内在論的立場に立ち、作品の内在的解釈であるということを特色としている。かような解釈学の種々の形態と見られ得る文学史における精神史的方法、ドイツの所謂文芸学、その応用として現われた日本文芸学、等々についていま批評することができぬ。我々はただ一般に解釈学をこれまで述べて来た意味における歴史と批評の問題に関連して一応検討しておこう。解釈学は批評であるか。内在的批評が批評である限りにおいてそれは批評である。もしも批評が内在的批評でなければならぬとすれば、解釈学こそ真に批評的であるともいわれるであろう。またすべて批評は何等かの意味において主観的でなければならぬとすれば、解釈学は批評である。それは作品の美の理解に対して関心をもっている。それにも拘らず解釈学は、それが畢竟文献学の範囲に属するように、歴史であって批評でないと考えられねばならぬところがある。なぜなら批評は本質的に超越的批評の意味を含まねばならないのであり、しかるに解釈学はどこまでも内在的な立場を出ることができないからである。解釈学は諸作品の間に連続的統一を立てることに巧みであるだけ、それらの間の非連続性を捉えることができない。解釈学は歴史の発展を有機的連続的なものと見て、その非連続的な、飛躍的な方面を見ない。解釈学はその内在論の必然的な要請として歴史の全体が完了的に与えられたもののように考えて、歴史を真に発展的に考えることができない。解釈学は現在から過去を見る立場に立つのではなく、却って過去から現在を見る立場に立っている。解釈学は要するに観想の立場に立つものであって、実践の、それ故に現在における文学の生産の立場に立つものでない。これらすべての点から見て、解釈学においては超越的批評というものが考えられず、その限り解釈学は歴史であって批評でないといわねばならないのである。

そこで再び古典の問題に還って考えてみよう。文学上の古典といわれる作品は完璧性を有する一つの全体として歴史の中に高く聳えている。かような作品に対しては謙虚な態度をもってただそれを理解することに努力すべきである、作品の美的価値はすでに定まっている、それに対しては価値批評(作品の美的価値の評価)も不用である、それに対しては解釈学が最も適切な方法である。かように考えることができ、また多くの場合実際そのとおりになされている。古典的な作品に対しては社会的批評はもちろんつねに、文献学的批評でさえ場合によっては冒涜であるように考えられるであろう。しかしながら如何なる作品も歴史的に成立したものであり、すべて歴史的なものは主観的に限定されると同時に客観的に限定されたもの、自己自身において限定されると同時に環境において限定されたものである。それは内的であると同時に外的である。従って如何なる作品も単に解釈されるのみでなく、批評されねばならぬ。古典といえども文献学的批評を通過せねばならぬのみでなく、また社会的に批評されねばならぬ。確定されているように見えるその芸術的価値そのものも現在における文学の生産の立場から新たに評価されることが必要である。批評は批評として破壊的な方面をもっている。けれども社会的批評といえども単に破壊的であるのでなく、また建設的である、それによって作品の積極的な社会的価値が新たに見出されることは古典にいよいよ光輝を与えることである。批評がその本性上つねに破壊的意味をもっているとしても恐るべきでないであろう。ニーチェのいったように、生が歴史に仕えるのでなく、歴史が生に仕えねばならぬ。そして生は歴史を破壊することなしにみずから歴史を作り得ない。

しかしながら或る作品が古典として定まるのは単に現在の批評にのみよるのではないと考えられるであろう。文献学的批評も社会的批評も古典がもたねばならぬ芸術的価値の高さを決定し得るものでないことは先に述べておいたが、現在の価値批評でさえもが何等かの作品を古典として決定し得るものでない。古典が古典として定まるには伝統が、それ故に歴史が必要である。古典は伝統において古典として定められているのである。ところでこの場合まず歴史そのものが絶えず批評を行い、かような批評の過程において古典がおのずから定められてゆくと考えられるであろう。言い換えると、歴史そのものが本質的に批評的であると見られ得るのである。まことにそのとおりである。しかしながら伝統というものは歴史のかような批評的な、それ故にまた破壊的意味をも含む面を現わすのではない。批評が歴史の否定的な面を現わすとすれば、伝統は却ってその肯定的な面を現わすのである。歴史はみずからのうちに自己肯定的な衝動を含んでいる。この衝動はパトスと呼ばるべく、パトスはその本性において自己肯定的である。伝統といわれるものはこのパトスを根柢としている。古典は伝統としてパトスによって支えられ、かようにしてミュトス(神話)として存在する。古典というのは歴史においてミュトスとして浄化されたものである。作品は神話の意味を得るに従って古典の地位に上る。すべての古典は神話の意味を有し、神話として我々に働きかける。神話の意味を全く抽象してしまっては古典の古典性は失われてしまうであろう。古典は単に古いものとして神話の意味を有するのでなく、却って生きた伝統として、現在に働いているものとして神話の意味を有するのである。神話は我々の実践にとっても必要である。古典は神話として、それ故に単に批評によって定められるものでない故に、歴史の世界のうちに秩序を建てることができる。もし古典というものがないならば、或いはもし古典というものが絶えず何等かの批評によって定まるものであるとしたならば、歴史の世界は秩序のないものとならねばならぬであろう。かようにして古典は批評に属するというよりも歴史に属するということができる。

もとより古典が古典として定まるには批評がなければならぬ。無数の作品のうち一定のものが古典として選び上げられる基礎にはすでに価値批評がなければならぬ。またそれが古典として迎えられるということのうちにはその社会的価値についての批評がいわば自然的批評として含まれているであろう。それのみでなく多くの古典は一定の歴史的時代において古典として復興されたものである。復興の現象なくして古典はないといってもよいほどである。しかるに復興ということはその時代の現在の立場から過去のものが批評されるということである。批評を含まない復興はない。復興はつねに現在の立場からの復興として批評的である。新しい批評の見地が現われるに従って過去のものが新たに復興されるのであり、そしてそのことは過去のものが古典として新たに発見されること或いはすでに古典であるものの新しい意味が発見されることを意味している。古典復興の事実こそ歴史の含む批評的な面が単に破壊的なものでなく、また積極的な建設的なものであることを示している。しかし復興によって新しい伝統が建てられるということは、同時に旧い伝統が毀されるということである。かくして批評は両面的である。古典は神話の意味を含んでいるが、復興はまた単に批評的でなく、同時に新しい神話を建てる運動である。もちろん古典は如何なる場合においても単なる神話或いは単に神話として妥当するものでなく、却ってつねに価値批評に堪えるものでなければならぬ。かようなものとして古典はそのイデー的価値においてすぐれたものでなければならぬ。一言にしていうと、古典はイデー的なものであると同時にミュトス的なものである。かようなものとして古典はノモス(法)的なものであるということができる。ノモスとは単にイデー的なもののことでなく、イデー的なものが同時にパトス的意味を含むときノモスというのである。古典は単にそのイデー的価値において妥当するのでなく、同時にミュトス的価値において妥当しているものとしてノモス的である。ノモスは法という意味においてイデー的なものを現わすとともに、慣習或いは伝統という意味において単にイデー的なものではない。古典はノモス的なものとして歴史の世界に秩序を建てるのみでなく、我々に対して命令するという意味をもっている。

かようにして明かになったことは、歴史と批評とを区別して考えるとき、両者は互に対立するものでありながら統一しているものであるということである。歴史的なものはすべてかくの如く矛盾の統一として弁証法的なものである。現実の歴史は弁証法的なものとして動いてゆく。古典について問題とされる歴史と批評との関係の問題は単に方法論的平面におけるものでなく、根本的には歴史的存在そのもののうちに含まれる問題である。即ち歴史的なものは弁証法的なものであり、古典といわれるものも歴史的なものである。古典が有するかの如く見える永遠性と歴史との関係についてはあらためて考えねばならぬであろう。

(一九三七年四月)

著者: