シェストフ的不安について (三木 清)

不安の文学、不安の哲学というものが、我が国においてあからさまに問題にされるようになってから、もはや二年にもなるであろう。この頃のレフ・シェストフの流行はその連続であり、その最近の形態である。かくの如き傾向が我が国の社会情勢に相応することは言うまでもなく、この不安は社会情勢から説明されねばならぬ。しかしまたこの不安には単に客観的社会的条件からのみ説明し得ないものがある。もし人間に本来不安なところがないならば、或る一定の条件におかれたからといって、彼は不安に陥ることはないであろう。人間の存在そのものにおける不安が何であるかが究明されねばならぬ。いまシェストフ的不安の性質を理解しつつ、これらの問題についてあらためて考えて見たい。

不安の文学、不安の哲学は、しばしば懐疑論とか厭世論とかいう風に無雑作に批評されている。しかしこの不安は単なる厭世の如きものではないであろう。シェストフは、運命について探究したドストイェフスキーの主人公たちが、キリロフの場合を除き、誰も自殺しなかったことを指摘している。キリロフにしても、彼がみずから生を奪ったのは、生から逃れるためでなく、自分の力を試すためであった。彼等は生が如何に重く彼等に負いかぶさろうとも生の忘却を求めはしなかった。またもし懐疑が真理はないとして探究を断念することであるとしたならば、この場合懐疑というのも正しくはない。シェストフはパスカル論において、「イエスは世の終まで悩み給うであろう、その間は眠ってはならぬ。」というパスカルの語を引き、その意味について繰返し論じている。眠を殺して探究を続けることが懐疑の精神である。何がそのように探究され、また探究されねばならぬのであるか。日常は蔽い隠され不安において初めて顕わになるリアリティである。不安の文学、不安の哲学は、その本質において、非日常的なリアリティを探究する文学、哲学である。それ故にもしかような文学や哲学に対して批判を行うべきであるとすれば、批判は何よりもリアリティの問題の根幹に触れなければならぬ。かくしてまた本来の不安を憂鬱、低徊、焦躁などの日常的な心理から区別することが必要である。不安は単に心理的なものでなくて形而上学的なものである。

私はここで懐疑がいかに容易に好奇心に転落するかを指摘してもよいであろう。好奇心は知識欲のように見られるが、それにとってはもと知識の所有が目的であるのではない。好奇心は定まった物のそばに留まることを欲せず、つねに先々へ、遠方へさまよい渉る。何処にも留まらないということがその性格である。好奇心は到る処に居り、しかも何処にも居らない。なぜならそれが求めるのは真の認識でなく──物に近く踏み留まらないで認識を得ることができるであろうか、──我々自身を散じさせることである。即ち我々は好奇心において我々をシェストフのいわゆる日常的なもののうちにとらえさせることによって我々自身の本来の不安から眼をそむけようとしているのである。物についての「不安な好奇心」(パスカル)のもとに隠されているのは我々自身の不安である。この頃いわれる懐疑はもと何等か不安から出たものであろう。けれども我々の間においてその懐疑が本来の精神を失って、単に不安な流行を作るものとなり、かくして不安な好奇心に転落しているところがないであろうか。シェストフの流行にしても、かような一面がなくもない。不安な好奇心というものが最近の我が国の文化の著しい現象であるように見える。不安な流行、不安な好奇心の機能は、我々を日常的なもののうちに埋れさせ、──そのような流行としては「悲劇の哲学」も日常的なものである、──我々自身の主体的な不安から眼をそむけさせることにある。しかるに懐疑の精神は、日常は蔽われ不安において初めて顕わになる現実に面して最も近く立ち、執拗に問いつつ踏み留まるということである。かくの如き問の固持から文学も哲学も生れてくる。

いつの時においても哲学の、そしてまた文学の根本問題は、リアリティの問題である。いずれの哲学、いずれの文学も、根本において、リアリティ以外のものを欲するものではない。相違はただ、何をリアルとして体験し、また定立するかにある。その或るものが現実を破壊するように見える場合ですら、これによってただ、ひとつの他の、より深い、より真なる現実を発見しようとしているのである。シェストフがニーチェ、パスカル、ドストイェフスキー、チェーホフ、トルストイ、その他に関する幾多の評論において倦むことなく探究したのも、つまり新しいリアリティの問題であった。「唯一つのことは疑われない、ここには現実がある。新しい、未聞の、嘗て見られなかった、或いはむしろ従来決して展覧に供せられなかった現実がある。」と、彼はドストイェフスキーとニーチェの批評の中で書いている。彼は我が国では主として文壇において伝えられているが、思想的に見ると、彼は現代の哲学から孤立したものでなく、いわゆる実存の哲学、ハイデッガーやヤスペルスなどの哲学と或る共通のものを有すると思われる。

現代の哲学、特にあの実存の哲学は、もはやリアリティの問題を、旧い形而上学のように、実在と現象、本質と仮象という如き区別をもって考えない。シェストフ的思考においても同様にかような区別は場所を見出し得ないであろう。むしろ却って彼は日常的なものと非日常的なものという範疇のもとに思考した。そして彼は非日常的なもの、或いは「地下室の人間」の権利において、日常的なもの、ひとが普通に現実と考えているものに対して烈しく抗議する。シェストフの日常的なものという概念はほぼハイデッガーにおける「世界」の概念に相応すると見ることができる。ただ後者が哲学的に加工され、精巧であるだけ圧力に欠けているに反して、前者はあらゆる世界的(世間的)なもの、そして単に常識やコンヴェンションの如きものばかりでなく、科学や理性をもいわば非哲学的に包括し、それだけ生まの力をもっている。ハイデッガーが世界を理解し解釈するに反して、シェストフにとって日常的なものは憤怒と抗議の対象である。

この時ひとは言うであろう、ただ悲劇の哲学のみではない、科学や理性もまた現実に対して憤怒し、抗議したことがないであろうか、と。しかしながら科学や理性の現実に対する抗議が合理性の非合理性に対する抗議であるとすれば、悲劇の哲学のそれは反対に、非合理性の合理性に対する抗議である。前のものはどこまでも同じ世界の次元における争である。しかるに後のものは地上のものと地下のものと、異る次元のものの争である。従ってこの場合非合理性は合理性の剰余という如きものでないことが理解されねばならない。我々がその上にしっかり立っていると思っていた地盤が突然裂け、深淵が開くのを感じるとき、この不安の明るい夜のうちにおいて日常は無いと思っていたものが唯一の現実として我々に顕わになる。このものはもとより日常的な意味ではどこまでも非存在である。即ちそのとき我々は現実の領域を去って「永遠の、根源的な非存在」に近づく。そしてこの非存在或いは無こそ、唯一の、真に我々にかかわるものとして、現実との矛盾においてそのリアリティの証明を要求せずにはおかないものである。「世界は深い、昼が考えたよりも深い。」(ニーチェ)。現実は日常性の哲学が考えるよりも遥かに深い。「何によってドストイェフスキーは惹き附けられるのを感じるか。『多分』によって、突然性、闇、我儘によって──まさに常識や科学が存在しないものもしくは否定的に存在するものと考えるすべてのものによってである。」と、シェストフは書いている。科学は事物の自然必然性の認識である。常識やコンヴェンションが或る自然的なものであることは言うまでもなく、理性にしても或る自然的なもの、デカルトのいう「自然的な光」にほかならないであろう。しかるにシェストフにとってはリアリティはこれらすべての意味の自然を超えたもの、即ち真の意味においてメタフィジカルなものである。理性は人々の考えるようにメタフィジカルなものではない。シェストフはとりわけ理性にもとづいてア・プリオリの、普遍妥当的な規範を立てようとするアイディアリズムを宿敵の如く攻撃した。

常識やコンヴェンションは我々すべてが自然に有するところのものである。科学は我々すべてを規定する真理を示し、理性は我々すべてが従うべき規範を命令する。それらはみな何等かの意味において、或いはカント的な「意識一般」の意味において、或いはハイデッガー的な「ひと」即ち平均的な、日常的な人間の意味において、「我々すべて」にかかわる。かくしてそれらはみな普遍性、必然性、もしくは自明性を具えている。地下室の人間はこのような普遍性、必然性、自明性と争い、それを克服し、それから解放されることを欲する。常識、コンヴェンション、科学、理性を一緒にして、それらの性質を同一のように考えるのは、認識論的に甚だしい混同であるといわれるであろう。しかしシェストフは、そのような認識論そのものがすでに「我々すべて」或いは「人間一般」の見地に立っている、と考える。かくして自明性に対する争は、「我々すべて」に対する「個別的な、生きた人間」の争である。自明性を克服しようとすることは、「健全な」「普通の」人間から見ると気紛れに等しいかも知れぬ。しかしながら我々は我々の生の決定的な瞬間においてかくの如き「気紛れ」の権利のために争うことを余儀なくされはしないであろうか。自分の愛する者の死を知ったとき、或いは自分自身が直接死に面したとき、死は我々すべてが従わねばならぬ自然必然性であるとして、我々は平然としているであろうか。むしろ我々はそのような打勝ち難い自然法則、自明の真理に対して憤怒を感じ、その克服を欲せざるを得ないであろう。死はそのとき「ひとごと」、「我々すべて」のことでなく、自身の個別的な存在にかかわることである。そして個別的な実存にはつねにパトスが伴う。シェストフは地下室の人間とは死の天使によって新しい眼を与えられた者であるといっている。地下室の人間は自己自身の運命について問い続ける。「彼等はいずれも宇宙から自己の不幸に対する弁明を要求する。」「物質やエナージーは不滅であり、しかしソクラテスやジョルダノ・ブルーノは滅亡する、という風に理性は定める。そしてすべての者は何もいわずにそれに従い、何人も敢えて、何故に理性はこのような法を発布したのであるか、何故に理性はかくも親切に物質やエナージーを守るに心を用い、ソクラテスやブルーノを忘れたのであるか、という問を発しさえしないのである。」自然の法則は擁護されることを要しない。それはそれ自身の有する普遍性、必然性によってみずから自己の現実性を証明するであろう。最も擁護を要求しているのは個別的なもの、偶然的なもの、或る「気紛れ」である。人間が自然的な眼のほかに死の天使によって第二の眼を与えられた意味は、「何等答の存しない、しかもまさにかくも力をもって答を要求する故に答の存しない問を提出する」ところにある。

科学は個別者の問題を顧みない。そして従来の理性の哲学、観念論の哲学もまたこの問題を解決するに無能力である。しかるに悲劇の哲学はかかる個別者の問題に情熱を集中する。「個人の自身の倫理的現実が唯一の現実である」というキェルケゴールの言葉は悲劇の哲学の思想を言い表わすものである。かような現実はシェストフに依ると地下室の人間にほかならない。「目的は次の一事である、あの洞窟を脱すること、法則、原理、自明が人間を支配している魔法にかかった国──『健全な』『普通の』人間の『理想的な』国を脱することである。地下室の人間は最も不幸な、最も悲惨な、最も不利な存在である。しかしながら『普通の』人間、即ち同様の地下室に住みながら地下室が地下室であることを知らず、彼の生活が真の、最高の生活であり、彼の知識が最も完全な知識であり、彼の善が絶対の善であり、彼が万物のアルファでオメガ、初で終であると信じている人間──かような人間は地下室の国では自分がホメロス的哄笑を喚び起すのである。」地下室の人間というものが人間の本来の存在可能性である。

シェストフの悲劇の哲学は人間をその日常性から彼の本来の存在可能性であるところの地下室の人間へ連れ戻そうとする。ハイデッガーが、人間は死への配慮において世界におけるその非本来的な存在から本来の倫理的実存の自覚に到らねばならぬと考えるのと、この点、軌を一にするといってよい。ただシェストフはその心理が一層複雑で、そしてヒステリカルともいい得る鋭さをもっている。このようなところが却って今日のインテリゲンチャに迎えられる所以でもあろう。しかし彼の論理は意外に単純ではないかと思う。彼が突放したところでひとを突放すのはそれほどのことでないかも知れない。また彼においてはニーチェが非難したようなリテラーテントゥム(文士風)が少し目に附くのも気懸りである。けれども徴候性の濃厚な点において彼の書物はたしかに魅力をもっている。その内面性の深さ、その論理のディアレクティッシュな点に至っては、彼はもとよりキェルケゴールの如きに及ばないと思う。

地下室の人間はエクセントリックではないか、と多分ひとはいうであろう。しかしながら人間は本来エクセントリックになり得る存在である。プレッスネルという学者は、人間的生を植物的生や動物的生と比較して、その根本的特徴としてエクセントリシティ(離心性)ということを述べている。普通に考えられるところでは、すべて生命あるものは一の存在的中心であるという規定を有する。それはつねに自己自身を限定し、みずから自己の空間的時間的統一を形成し、その周囲に対して抵抗の中心、反応の中心をなしている。この存在的中心の周囲が環境と呼ばれ、環境は逆にかような生命統一に作用し、影響を与える。人間的生命もまたかくの如きものである。けれども人間はただそれだけではない、人間は世界に対して距離をもつことができる。いな、人間は、実にそのような存在的中心であるところの自己を離れ、自己に対しても距離の関係に立つことができる。即ち人間は存在的に単に中心的であるのでなく、却ってエクセントリック(離心的)である。人間存在のかくの如きエクセントリシティは自己自身における客体から主体への超越を意味するであろう。人間はその離心性において世界の上に、従って有の上に立っているのでなく、無の上に立たされているといわねばならぬ。もとより彼は客体的には世界のうちにあって一の存在的中心をなしている。しかし離心的な、主体へ超越したものとしては無の上に立たされているのである。わかり易くいうと、人間は単に世界のものでなく、むしろ世界において異郷人である。人生は旅であるというあの感情も、人間存在の離心性を現わしている。人間は異郷人として彼が世界のうちにあるのは出て来てあるのである。出て来たものとして自分が出て来るもとを考えるとき、このもとは無である。我々はすでに、いわば宿命的に世界のうちへ出て来てしまっている。何故に我々は世界のうちへ出て来なければならないのであるか。まさに無の上に立たされているためにほかならない。地下室の人間というのは、このような問において自己が無の上に立たされていることを自覚させられた、エクセントリックな人間である。エクセントリックになり得るということが人間の特徴であり、それ故にこそ古来あのようにしばしば中庸ということ、ほどほどにということが日常性の道徳として力説されねばならなかったのである。シェストフは地下室の人間が何よりもこのような中庸を否定することを繰返し述べている。

人間存在のエクセントリシティは単に知的な意味に、即ち人間は主観として客観であるところの世界に対して距離の関係に立ち、これについて客観的な知識を得ることができるという意味にのみ解されてはならない。もちろん、人間が離心的でないならば、人間は自己をも含めての世界について客観的な知識を得ることはできぬ。しかしながらエクセントリシティは人間の全存在にかかわることである。そこで人間にはまた根源的にニーチェのいわゆる「距離のパトス」が属している。古代ギリシア人がヒュブリス(驕り)といったものもかくの如きものと解することができるであろう。ニーチェの超人はこのような距離のパトスから生れた。しかるに人間存在の離心性は人間の力と共に人間の無力をも語るものである。その離心性のために、彼にとっては生きるということは周囲と忘我的にもしくは脱魂的に融合して生きることであり得ず、生は生に処するということであるように余儀なくされている。彼は生でありながら、生を生きなければならぬ。彼は自己があるものに自己を初めてなさなければならぬ。「生ける生」ということが無意味な同語反復でなく、また「より多くの生」に対する要求が感じられるのもそのためである。

しかるにこのように生であるところの人間が生を初めて得なければならぬということは、彼の生の根本的な窮迫を意味している。窮迫は単に外的生活の窮乏でなく、内面的な窮迫であり、彼が無の上に立たされていることに基づく。あらゆる人間的欲望はかかる根本的な窮迫によって担われる故に、或る無限性、即ち決して満たされることがないという性質をもっている。言い換えると、人間的欲望はデモーニッシュである。デモーニッシュなものというのは無限性或いは絶対性の性質を帯びた感性的なもののことである。しかるにまた人間にとって生は生に処するということであるところから、人間の生活は根本的に技術的である。技術的ということは単に工学的の意味にのみ考えられてはならないのであって、人間はその極めて原始的な欲望ですらつねに技術的にもしくは技巧的に満足させようと求める。そこから人間的生はデカダンスに陥る性質をおのずから内在せしめている。すべてこれらのことは人間存在のエクセントリシティに基づくと考えられる。人間のこの性質は彼の力と同時に無力を現わしている。悲劇的人間が如何にこのような無力と力との交錯を経験したかを、我々はシェストフにおいて、また特にニーチェにおいて見ることができる。

ところで人間がエクセントリックであるということ、その客体的な存在的中心から離れるということは、人間が主体的にその存在論的中心ともいうべきものを定立しなければならぬということ、またこれを定立する自由を有するということを意味している。彼が周囲の社会と調和して生活している間はその必要は感じられないであろう。なぜならそのとき彼が主体的に定立すべき存在論的中心は世界における彼の存在的中心に相応していわば自然的に定められているからである。このような場合人間はエクセントリックでない。彼の生活は平衡と調和を有し、死の不安も顕わになることがない。これに反して彼自身と周囲の社会との間に矛盾が感じられるとき、彼の右の如き自然的な中心は失われ、不安は彼のものとなる。かくして不安が社会的に規定される方面のあることは明かである。この不安において彼が主体的に自己の立っているところを自覚するとき、彼がもと無の上に立たされていることが顕わになる。中心は如何にして新たに限定され得るであろうか。

このとき問題は、シェストフがそのチェーホフ論を名附けたように「無からの創造」とならねばならぬ。しかるに無が単なる必然性であるならば創造ということもあり得ないであろう。地下室の人間が突き当った無はしばしば「運命」ともいわれている。そして運命は普通に必然性の別名の如く考えられている。けれども必然性と考えらるべきは却って世界、人間がそのうちに投げ出されている世界である。世界ももとより運命と見られ得るが、それは外的運命であり、このような必然性に対して本来の運命、無は、むしろ可能性であり、自由である、シェストフもそのように考えた。「人間は自由でないというのでなく、却って彼等は世の中で何よりも自由を恐れる。それだから彼等はまた『認識』を求め、それだから彼等は『間違のない』、争われない権威、言い換えると、彼等がすべて一緒になって崇拝することのできるような権威を必要とする。」しかし無は可能性であるといっても、単に非現実的であるのでなく、むしろそれに対しては現実が非現実的で、外的運命が偶然的とも見られ得るような可能性である。

「可能性はそれ故にあらゆる範疇のうち最も困難な範疇である。」とキェルケゴールは書いている。我々は無の弁証法的性質を理解しなければならぬ。無が死であることは確かである。しかしただ死であるならば、それが自由であり、可能性であるとはいい得ないであろう。無はまた生である。無は我々がそこに死に、そこに生れるところである。我々は死ぬべく生れ、生るべく死ぬる。シェストフが日常的な時間とは次元を異にすると考えた時間はそのようなところである。無からの創造はかくの如き弁証法の上に立たねばならぬ。

無からの創造の出発点は何よりも新しい倫理の確立でなければならぬ。私が存在論的中心の定立というのはそのことである。そのことは世界へ出て行くことの意味の確立にほかならない。我々はすでに、無自覚に、世界へ出て来てしまっている。エクセントリックになって、地下室の人間として自覚することは、世界へ出て行くことの意味を考え、新たに決意して世界へ出て行くためでなければならぬ。ドストイェフスキーにおいてはなおこのような倫理が確立されていない。シェストフは書いている、「ドストイェフスキーは、『行為する』ためには、彼の第二の眼を、あらゆる他の人間的感情及び我々の理性とも調和する普通の人間的な眼に従属させねばならなかった。」しかしながら行為することはいつでも第二の眼を第一の眼に「従属」させることであろうか。ドストイェフスキーが「従属」させたわけは、彼に新しい倫理の確立がなかったためである。シェストフは、「十九世紀の人間は、おもに無性格な人間即ち行為する人間──おもに制限された存在であるように、道徳的に義務附けられざるを得ず、また義務附けられている。」というドストイェフスキーの地下室の人間の言葉を感激をもって引いている。しかしながら何故にすべての行為する人間は「無性格な」「制限された」存在でなければならないのであるか。廿世紀の人間は別のことを考えてはならないのであろうか。問題は新しい倫理を確立すること、世界へ出て行くことの意味が確立され、それによって行為的人間の新しいタイプが創造されることである。この人間は現実と妥協することなく、地下室の人間のように烈しく現実に対して憤怒し、抗議するであろうし、しかも彼は現実を現実的に克服し得るために科学や理性によって武装されているであろう。しかしながら無からの創造は決して容易なことではない。「可能性はあらゆる範疇のうち最も困難な範疇である。」必然性と可能性との綜合としての現実性に達すること──無からの創造はそこに初めて成就される──は、更に一層困難である。

(一九三四年九月)

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